あまいもの垂れ流し

書けない人間が書けるようになるまでの記録

ホワイトミントチョコレート

運動不足の解消にと、アイスを買うため徒歩で出かけることにした。

週末の事務的なまとめ買い以外、家と会社を往復するだけの日々がずっと続いている。家のモニタで推しを応援していても、心のうるおいが足りない。栄養は十分に取っているのに。

 

たまに違うことをしようと思ったのは、動画のCMで新作アイスの宣伝を見たからだ。

カラフルなミントグリーンに髪を染めた女性が、軽やかなステップでアイスを手にしてベンチに座り、アイスを口にする。そんな15秒ほどのCMだ。

CMに出てきたのは某メーカーのチョコミントアイスで、最初私はあまり惹かれなかった。ミント自体があまり好きではないからだ。そしてなんとなく、春はいちごのイメージがあった。

だが何度か目にするうちに、ミントの爽やかな風味は、新しく始まる季節と生活にマッチするのかもしれないと思うようになった。繰り返し見ると意識に変化が起こるのだろう。CMが無意識に語りかける力は強い。

 

同じことの繰り返しで腐っていくのなら、新しいことに挑戦すべきだ。

ついでに少しでも運動不足を解消しよう。

そう考えて、やる気があるうちにジーンズに足を通し、パーカーを羽織って外に出た。

いつもはまっすぐ車で走る住宅地をじぐざぐに抜けていく。
よく晴れていて、肌寒いのに陽射しが痛い。日焼け止めは塗ったが、帽子を被ったほうが良かったかもしれない。
ところどころ生える庭木の枝は、まだ枯れて寂しいままだ。
それでも、木の根元に生える草は灰色ではなく温かみのある緑で、冬がもう立ち去ろうとしていることを教えてくれる。何より空気が水っぽい。
思い切り鼻から空気吸い込んで、冷たさに奥がじんと痛くなる。思わず鼻を押さえて、笑ってしまった。たしか去年も同じことをした。


たどり着いたコンビニでは、目当てのアイスは売っていなかった。仕方ないので、代わりに新作のチョコをひとつだけ手に取る。
長居すると次々欲しいものを手にとってしまうので、隣のスナック菓子の「コンビニ限定」を見ないふりをしてレジに向かった。

 

帰り道は違うルートで行こうと、来たときと反対方向に足を進める。
最短距離で住宅地を抜けるのではなく、表通りから大回りして行くことにした。
アイスが買えなくてよかったかもしれない。寄り道がいくらでもできる。

古書店、精肉屋、喫茶店、ケーキ屋にミニスーパー

普段は秒で通り過ぎる道には、車ではなかなか立ち寄れない小さな店がそこかしこにあった。今まで出不精でこれらを見逃してきたのか。もったいない。

暖かくなってきたのだし、今年はできるだけ近所のこれらの店にお邪魔しよう。

そう考えながら歩いていたら、太めの交差点にぶつかった。道路に横断歩道ははなく、代わりに地下道への入口があった。渡らずに、道沿いに曲がって細道に入れば自宅方向だ。運動不足の解消といいつつけっこう歩いた。戻ろうか進もうか迷ったところで、ふと、この先渡って裏通りへ入ったところに、小さな公園があるのを思い出した。引っ越して間もない頃、周辺探索で見つけた場所だ。あの頃も春になる直前で、ぽつりぽつりと白い梅が咲いていた。

もしかしたら花見ができるかもしれない。チョコしかないが、動くには十分な理由だった。

 

明かりがついてはいるものの、古びた地下道の壁は十分な明かりを反射せず、なんとなく薄暗い。床もコンクリの色が濃くて、こういうところの掃除って面倒そうだよなぁと思いながら足を進める。狭い空間にコツコツと足音が反響する。

地下道は上から見ると、歪んだ「H」の形になっている。中央付近で一本道になり各方面へ行き来できる仕組みだ。

そう大した距離ではないはずだが、ゆるく湾曲した細道がどこまでも続いている。

足音だけが響く。地上の音が遠い。

ポケットに手を突っ込んで、さきほど買ったチョコの小袋を握りしめた。

外袋のがさがさという音で気を紛らわしながら進むうちに、ようやっと分岐点が現れた。記憶よりだいぶ長かった。

人とすれ違うこともなかったが、なんとなく納得である。夜にここを通りたくない。

戻るときは横断歩道あるところから行く。

 

階段を上がった後は特段迷うこともなく、無事、公園にたどり着いた。

入り口に立つだけで全体をほとんど見渡せる広場には、すべり台と、根本がバネになっている動物型の乗り物があった。周辺を、名前を知らない常緑樹が囲んでいる。梅は一番奥だ。

足を踏み入れてベンチに座る。

天気がいいのに人っ子一人いないのは変な感じがした。皆車で郊外へでかけているのかもしれない。この公園は、走り回るにはすこし手狭なので。

チョコレートをひとつ口に放り込む。甘ったるくて後に残るのに、ミントのおかげで爽やかな風味がする。

記憶にある梅の木は、記憶と違わず白い花を咲かせていた。