朝のパン屋
朝一のパン屋には夢と希望が詰まっている。
白い清潔なトレーを片手に、銀のトングをかちかちと鳴らす。
威嚇のつもりはない。ないのだが、焼きたてパンの香りに浮かれる心をなだめる方法がこれしかない。
会社に行くのと変わらぬ時間に起きて、コーヒーも飲まずに車を走らせた。
「開店直後のベーカリー」という思いつきに突き動かされた結果である。
そう広くない店内、平らな台の上には、所せましと焼きたてのパンが並べられていた。
目玉焼きを乗せたトースト。白い砂糖をまぶした揚げパン。パリパリのクロワッサンにシナモンロール。かごにたっぷり詰められたバケット。
それらをトレーに乗せて、人が次々とレジへ向かっていく。
正直、すべてのパンをひとつずつトレーに乗せていきたい。そして胃袋に流し込みたい。
焼きたてのパンというのはほぼ飲み物だ。食いちぎった次の瞬間には嚥下してしまう、魔の食物である。
チョコクロワッサンとベーコンエピ。たっぷりクリームチーズを包んだくるみパンをトレーに乗せた。くるみパンは特に出されて間も無いようで、掴んだとき熟れきった果実のような頼りなさが伝わった。
また次の機会にも買いに来ることを誓って店を出る。袋越しに触れたパンの温かさに頬が緩んだ。
雨も小降りになっていて、いい朝だった。